04


薄々勘づいているが確信が持てないという桜華の眼差しに、リクオが答えるより先に政宗が口を開いた。

「俺は人間だ。竜の目を持つ、な。それでコイツは…」

と、政宗に視線で促され、政宗の隣に立った青藍を紹介する。

「竜の娘、青藍。俺の唯一の妻だ」

唯一の妻だと紹介されて青藍は恥ずかしげに頬を薄く紅色に染めた。

それであの気配か…。

ようやく府に落ちたという顔をした桜華に、リクオはひっそりと笑う。

「な、おもしれぇだろ?」

「面白いっていうよりびっくりした」

人と竜が共にあるなんて。

竜は気高く誇り高い存在。その至上の存在であるはずの竜が、人間に寄り添う姿など見たことも聞いたこともない。

口には出さないが、桜華の言いたいことに気付いた青藍がふと桜華と視線を合わせ口を開いた。

「私にとって政宗様は特別なんです。政宗様ならば人であろうとなかろうと構わない。私の唯一の夫」

恥ずかしげに頬を染めていたと思えば、青藍は凛とした美しい表情でキッパリと言い切る。

「そういうことだ」

それを嬉しげに、愛しい者を見る柔らかい瞳で見つめ、政宗は口元にゆるりと弧を描いた。

「おいおい、その辺にしてくれ。俺達はのろけを聞きに来たわけじゃねぇんだ」

いつの間にか本題から遠く離れ、擦り代わってる話にリクオが苦笑しながら口を挟む。

「あ、そうだった。リクオ様、早く戻らないとまた鴉天狗や雪女達が騒ぎ出しちゃう」

「羽織も戻ってきたしそろそろ帰るか。…じゃぁな、独眼竜と竜の姫。邪魔したな」

黒い羽織を手にリクオと桜華は闇に消えた。

濃密な闇が去り、いつもの夜が戻ってくる。

「奴良 リクオ、か」

「大丈夫ですか政宗様?」

「あぁ。だが、流石に若頭と名乗るだけあって纏う妖気が凄かったな」

二人が消えた方向を見詰めながら政宗は呟く。

「えぇ。彼の者の隣に立つ桜華という彼女は半妖だと言っておりましたが彼女も只者ではないかと」

「だろうな、奴の隣に並ぶ存在だ。只者じゃねぇだろう」

ゆらりと行灯に灯した火が揺れ、政宗は意識を切り替えるように視線を青藍に移す。

「…それはそうと青藍。明日も早いんだ、寝るぞ」

「はい。私はここを片付けてから参りますので政宗様は先に寝所の方へお戻り下さい」

銚子と猪口の乗った盆を手にして言えば政宗は一つ頷き、自分の着ていた藍色の羽織を脱いで青藍の肩に掛けた。

「春先といえまだ夜は冷える。なるべく早く戻って来い」

「はい」

温もりの残る羽織に、青藍はまるで心までも政宗の温もりに包まれたような気がして、照れたようなはにかんだ笑みを溢す。

政宗様は特別。

私の一番大切で、大事な、かけがえのない人。

「それでは直ぐ参りますので政宗様はお戻り下さい」

「あぁ。待ってるぜ青藍」

「はい」

今宵も人と竜は共に在る。共に眠り、共に夢を見る。

そこに種族の違いなどありはしなかった。

城に侵入した時と同じ道程をリクオと桜華は進み、奴良組本家へと帰って来ていた。

「中々変わった奴だったな伊達 政宗という男は」

「初めはちょっと怖かったな」

二人は屋敷の中を歩きながら会話を交わす。

「それぐらいじゃなきゃ竜の娘は娶れねぇだろ」

「うん、そうなんだけど。青藍さん?って美人で凄く綺麗な人だったよね。羨ましいな」

美男美女って感じでお似合いの夫婦だったね。

ちらっと隣を歩くリクオを見て言えば、ちょうどこちらを見たリクオと視線が絡まる。

「お前は今のままで十分可愛いぜ。お前は俺が惚れた女だ」

「っ、あ、ありがと…」

ストレートに伝えられるリクオの想いに桜華は頬を赤く染めて返した。

「おっと、見つけたぜ。黒羽丸!」

「若!桜華様!何処へ行かれていたのですか。雪女達が若達がいないと騒いでおりましたよ」

鴉天狗の長男、黒羽丸。

「ちょっと野暮用で出てたのさ。それより取り返して来たぜ」

リクオはそう言って手にしていた黒い羽織を黒羽丸に向かって投げた。

「私の羽織…。まさか、また何かとられたわけではありませんよね?」

実は置行堀の一件は、リクオが置行堀に護身刀<祢々切丸-ねねきりまる->をとられたことから始まっていた。

その刀を取り返す為に、黒羽丸は自身の羽織を置行堀に渡すはめになったのだ。

前科のあるリクオに疑いの眼差しが向けられるのは当然と言えよう。

「大丈夫よ、黒羽丸。今度は何もとられてないから。ね、リクオ様」

「あぁ」

「では、どうやって取り返したので?」

疑問を口にする黒羽丸に、リクオは話をはぐらかす。

「それより雪女達に帰ってきた事を伝えに行け。そっちが先だろ?」

「…そうですね。若、桜華様。後できちんと答えて頂きますからね」

どうにも真面目すぎる黒羽丸をかわし、リクオは苦笑を浮かべた。

人の元へ行っていたなんて言えば、うるさくなるのは目に見えている。

「黒羽丸が戻ってくる前に逃げるぞ桜華」

「うん。…ねぇ、リクオ様。今夜は何処に連れてってくれるの?」

「そうだな…」

妖怪達の時間はまだ始まったばかり。

昼は人、夜は妖の領域。

リクオは桜華を伴い、二度目の散歩へと繰り出した。





第一夜、了



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